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東京高等裁判所 昭和63年(ラ)415号 決定 1990年6月15日

抗告人(附帯被抗告人) 西村和弘

右代理人弁護士 中谷茂

同 山口勉

同 村木茂

相手方(附帯抗告人) 株式会社ハムラ緑

右代表者代表取締役 小暮達次郎

右代理人弁護士 柳田幸男

同 野村晋右

同 秋山洋

同 下門敬史

同 大胡誠

同 高橋利昌

同 柳田直樹

同 石井禎

右当事者間の東京地方裁判所八王子支部昭和五八年(ヒ)第六〇号株式売買価格決定申請事件について同裁判所が昭和六三年六月七日にした決定に対し、抗告人(附帯被抗告人)から即時抗告の申立てがあり、相手方(附帯抗告人)から附帯抗告の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

一、本件抗告を棄却する。

二、附帯抗告に基づき、原決定を次のとおり変更する。

1. 相手方(附帯抗告人)が抗告人(附帯被抗告人)から譲り受けるべき株式会社緑測器額面普通株式三〇〇株の昭和五八年八月一七日付売渡請求にかかる価格を、一株につき金一三五九円と定める。

2. 本件手続費用のうち、鑑定人に支給した費用の五分の二である金二八万円は相手方(附帯抗告人)の負担とする。

理由

第一、当事者の申立て及び主張

一、抗告人(附帯被抗告人。以下「抗告人」という。)

1. 抗告の趣旨

原決定を取り消す。

2. 抗告の理由

別紙「抗告の理由(一)」及び「抗告の理由(二)」記載のとおり。

二、相手方(附帯抗告人。以下「相手方」という。)

1. 抗告の趣旨に対する答弁

(一)  本件抗告を棄却する。

(二)  手続費用は全部抗告人の負担とする。

2. 附帯抗告の趣旨

(一)  原決定を取り消す。

(二)  相手方が抗告人から譲り受けるべき株式会社緑測器(以下「緑測器」という。)の額面普通株式(以下「本件株式」という。)三〇〇株の昭和五八年八月一七日付売渡請求にかかる価格を、一株につき金九六〇円と定める。

(三)  手続費用は全部抗告人の負担とする。

3. 抗告の理由に対する答弁

別紙「抗告の理由(一)について」記載のとおり。

4. 附帯抗告の理由

別紙「附帯抗告の理由」記載のとおり。

第二、当裁判所の判断

一、抗告人の抗告の理由(一)について

抗告人は、相手方の株主は緑測器唯一人であるから、緑測器が相手方を本件株式の譲受人として指定したのは商法二一一条ノ二第一項に反するもので無効であり、西村輝雄、森本保昌及び炭谷俊夫が各一〇〇株を取得しうるものである、と主張し、抗告人の提出した日本企画調査株式会社作成の「日企調査」と題する書面には緑測器が相手方の全株式の株主である旨の記載があるが、右記載は乙第七、第一一ないし第一四号証に対比して措信し難く、他に相手方が緑測器にとって商法二一一条ノ二第一項にいう「子会社」に該当することを認めるに足りる資料はない。

したがって、抗告の理由(一)は採用することができない。

二、抗告人の抗告の理由(二)及び相手方の附帯抗告の理由について

1. 抗告の理由(二)は、要するに、本件株式の価格の算定は、類似会社比準方式又は純資産方式若しくは右両者の折衷方式によるのが妥当である、というのであり、附帯抗告の理由は、要するに、本件株式の価格は、鑑定人木村マリの鑑定(以下「木村鑑定」という。)の結果(配当還元方式と簿価純資産方式の折衷方式)である一二二〇円と売買実測における取引価格七〇〇円の両者を考慮し、その平均値である九六〇円とするのが相当である。というにある。

2. 本件株式の価格の算定について適用される商法二〇四条ノ四第二項は、裁判所は指定された先買権者において株式の売渡を請求した時における会社の資産状態その他一切の事情を斟酌してその価格を決定しなければならない旨規定している。

ところで、右規定の趣旨に適合する株式の価格の算定方式として従来提唱されている方式としては、(イ)類似会社比準方式あるいは類似業種比準方式、(ロ)取引先例価格方式、(ハ)配当還元方式、(ニ)収益還元方式、(ホ)純資産価額方式などがあり、(ホ)は更に、簿価純資産方式と時価純資産方式に分かれる。

右の各方式については、一般に、次のように考えられている。(イ)類似会社比準方式あるいは類似業種比準方式は、比較の対象として適切と認められ、かつ、取引事例のある会社(株式の取引価格の相場が容易に知りうる会社)の選定が可能である場合、比準にあたっての修正が適切に行われる限り、合理的な算定方式と考えられ、(ロ)取引先例価格方式については、市場性のない株式の取引先例が客観的交換価値を適正に反映していることはむしろ稀であるとの批判があり、(ハ)配当還元方式は、将来期待される配当金額に基づいて株価を算定するもので、かなり長期にわたる配当の予測を要するが、これが的確になされうる限り、売買当事者が配当のみを期待する一般投資家である場合、最も合理的な算定方式であるとされ、(ニ)収益還元方式は、将来期待される当該企業の収益に基づいて算定するもので、これには企業利益のうち株主に配当される部分だけでなく内部留保分も含まれるため、一般投資家が株式を取得する場合の株式の評価には必ずしも適しない面があるが、経営支配株主又は経営参加株主にとっては適当な算定方式であるとされ、(ホ)純資産価額方式のうち、簿価純資産方式は、簿価純資産が名目資産であり、貨幣価値の低下あるいは地価の高騰などに起因する名目資本と実質資本の乖離が大きい場合や、過去の経営成績が悪かったため繰越欠損金は多額であるが最近の業績は著しく改善されているというような場合には適当ではなく、また、時価純資産方式は、企業の総資産を時価に評価替して総負債を控除するもので、事業継続を前提とする会社の株式の評価については、これのみによることは適切ではない、とされている。

3. そこで、本件株式の価格の算定方式について検討する。

先ず、木村鑑定によれば、本件株式の価格算定に関しては、比較の対象として適切な類似の会社あるいは類似業種の会社は見当らない、というのであるから、本件においては類似会社比準方式あるいは類似業種比準方式を採ることはできない。次に、本件記録によれば、本件売渡請求の約一年三か月後の昭和五九年一一月に、株式会社三菱銀行及び株式会社第一勧業銀行が、それぞれ緑測器の株式三七六〇株を一株あたり七〇〇円で緑測器グループ持株会に売り渡したことが認められるが、右価格が客観的交換価値を適正に反映したものであることを認めるに足りる資料はない。したがって、本件においては取引先例価格方式を採ることはできない。さらに、本件記録によれば、本件売渡請求の直前である昭和五八年六月三〇日現在における緑測器の株式保有割合は、東京中小企業投資育成株式会社二六・四パーセント、代表取締役である小暮達次郎及びその家族二〇・五パーセント、抗告人一四・一パーセント、第一勧業銀行及び三菱銀行各七パーセント、専務取締役である土肥宗助及びその家族四・九パーセント、従業員その他の株主五二名二〇・一パーセントであることが認められるところ、本件株式は発行済総株式数一八万四八〇〇株のうち三〇〇株であって僅かに〇・一六パーセントであり、本件株式の譲渡によって緑測器の経営支配権に消長はなく、抗告人は少数株主にとどまるものであるから、収益還元方式は採ることができない。また、本件記録によれば、本件においては名目資本と実質資本との乖離が著しいことが認められるので、簿価純資産方式によるのは妥当ではない。

そうすると、従来提唱されている株式価格の算定方式のうち残るのは配当還元方式と時価純資産方式であるが、前記のとおり、配当還元方式は、売買当事者が配当のみを期待する一般投資家である場合には、最も合理的な算定方式であるとされているのであるから、本件においても、基本的には、この方式によるのが相当というべきであるが、しかしながら、株式の価格の算定にあたっては、株式が配当をもたらすものであると同時に、株式が会社の資産を化体したものとの見方に立って算定することが妥当であるから、この配当還元方式とともに時価純資産方式をも加味して株式の価格を算定することが相当である。けだし、株式は、経済的には株主に配当金をもたらすものであるが、それと同時に、法的には会社の資本に対応するものとして会社の資産を発行済株式総数で除した価値を表象するものであるから、株式の価格の算定においてこの点を無視することは相当でないというべきだからである。そして、この株式が会社の資産を化体したものであるという観点に立った場合における株式の価格の算定は、いわゆる時価純資産方式(時価純資産方式のうち処分価格による時価純資産方式によるのが相当である。)によるべきである(ただし、資産の評価差額についての法人税等諸税額相当額を控除すべきである。)。もっとも、この処分価格による時価純資産方式は、事業が継続しているにもかかわらず、会社が解散して清算したと仮定して会社の資産を時価で評価するものであるから、これのみで株式の価格を算定すべきものではなく、配当還元方式の修正要素として適用すべきものである(市場における株式の価格も、単に配当の額によってでなく、含み資産等を含めた当該企業の資産内容によっても左右されるものであることは、公知の事実である。)。

4. ところで、本件記録によれば、緑測器は、電気計器並びに測定器の製造販売等を営むべく、昭和二六年一一月小暮達次郎によって個人企業「緑測器研究所」として創設され、昭和二七年七月一一日株式会社に改組され、昭和五二年七月に現商号に改称されたものであり、資本金は会社設立当初は五六〇〇万円であったが、昭和五〇年四月二三日六六〇〇万円に、昭和五七年一二月一日九二四〇万円にそれぞれ増資されたこと、昭和五六年四月現在で従業員は一〇〇名(新卒業者五名及びパートタイマー一〇名を含む。)であり、製品は日立製作所、三菱電機、東京芝浦電気、日本電気、北辰電機製作所、島津製作所、防衛庁、工業技術院等に販売するほか海外へ輸出もしており、昭和五七年七月一日から昭和五八年六月三〇日までの一年間の純売上高は一四億二四八四万六一一一円、経費を控除した売上利益は八二〇二万六四三七円であって、当期利益金は三三七二万一五三〇円で株主配当金は一〇五七万五八四〇円であることが認められるところ、木村鑑定及び鑑定人木村マリ作成の「時価純資産方式による株価」と題する書面によれば、本件株式の価格は、配当還元方式では八〇〇円、資産の評価差額についての法人税額相当額を控除したうえでの時価純資産方式では二六六四円と算定されることが認められ、前記事実関係のもとにおいては、配当還元方式と時価純資産方式とを七対三の比重で適用して一株あたりの評価額を一三五九円と算定するのが相当と認められる。

5. よって、本件売渡請求に基づく緑測器の株式の売買価格は、一株につき一三五九円と算定するのが相当であるから、本件抗告は理由がないものとしてこれを棄却し、附帯抗告に基づき右と一部結論を異にする原決定を右のとおり変更することとし、手続費用の負担につき、非訟事件手続法二六条、二七条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 沢田三知夫 板垣千里)

<以下省略>

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